第1回 高浜洋平さん 会社員 

「ぶんハピねっと」が注目する、国分寺の「あの人」にインタビューします
(偶数月に更新予定)

記念すべき第1回目は史跡の駅「おたカフェ」を運営する高浜洋平さんです。
今や国分寺のイベントに欠かせない存在となった高浜さんですが、実は本業は会社員。
仕事を持ちながら休日に地域活動をする理由、街への思いなどを伺いました。

高浜洋平さんのプロフィール 

1977年、東京都北区生まれ。2007年「お鷹の道」にて日曜日限定のおもてなし屋台を開始し、東京経済大学福士教授と一緒に軽食喫茶・国分寺名産品販売を2年間行ったことがきっかけで、2009年10月に史跡の駅「おたカフェ」開業に携わり、運営を任されることに。
その後「水」を切り口に各分野の専門家を講師に招く「水の学校」や、住民と農家の顔が見えるイベント「隣人まつり」などを企画、開催する。2011年は地域のお宝を再認識するイベント「ぶんぶんうぉーく~国分寺再発見~」の事務局で総合調整役として活躍。
大手建設会社に務める会社員であり、2児の父親でもある。

 

仕事だけの生活から「おたカフェ」を誕生させるまで

 ―まず、高浜さんが地域の活動をはじめようと思ったきっかけを教えてください。

 高浜さん(以下、敬称略) 自宅と会社を往復する毎日だったので、30歳になったのを機に、土・日曜ぐらいは自分が住む国分寺を良くするような活動をしたいと思ったのがきっかけです。大学時代からまちづくりを勉強し、会社でもまちづくりの部署にいるのですが、コンクリートのビルを作ったりしていると、街をつくっているようで街を壊しているような、そんな矛盾もあったりして。

 ―そこからどのように動いていったのですか?

高浜  東京経済大学で開催されていた「まちづくりフォーラム」行きました。そこで国分寺駅北口のまちづくりの拠点「まちづくり広場 国分人」をやっていた東経大の福士正博先生の話を聞く機会があったんです。
その約1ヵ月後に実際に先生にお会いして「国分寺駅北口再開発予定地の空き地を、屋台村のようにして、毎週日曜だけでも楽しい場所にしたい」と提案したら、興味を持っていただいて。
さらにその1ヵ月後、先生と一緒に国分寺市役所の某部長に提案書を持って行ったら「駅前より、むしろ市有地のお鷹の道で何かやってみてはどうか」という話になりました。

 ―それまで「お鷹の道」のことは、知っていたのですか?

高浜 お話を聞くまで「お鷹の道」はもちろん、湧き水があることも全く知りませんでした。たぶん、国分寺には僕のように「お鷹の道」を知らないサラリーマンがたくさんいると思います。

―「お鷹の道」での活動は、具体的にはどのように進んだのですか?

高浜  ちょうど同じ時期に、友人たちと「屋台の車で色々なところに出撃して、時と場所に応じた屋台をやりたいね」と話していたので、共同で屋台の車を購入しました。それで、僕の嫁さんがスパイス料理教室で教えていたのでそれを生かしたいと思ったのと、国分寺市から「地元をPRしてほしい」という要望があったので、「地場野菜をスパイスで美味しく食べる」をコンセプトにしてスパイスカレー・喫茶によるおもてなし屋台をやることに決めました。

―屋台を出すきっかけになった福士先生との関わりはどうなりましたか?

高浜 屋台の活動は福士先生と一緒にやっていたんです。2007年7月~2008年12月の毎週日曜日、僕たちは地場野菜スパイスカレーと喫茶を出し、福士先生はゼミの学生さんと国分寺の名産品を販売していました。
カレーと名産品を提供するスタイルは、「おたカフェ」で今も続いています。

史跡の駅 おたカフェ

―「おたカフェ」がオープンするまでを教えてください。

高浜 「お鷹の道」でのおもてなし屋台活動の2年目になった頃、国分寺市から「お鷹の道にある空き家をどう活用するか」という話しが浮上してきました。
その後、「空き家をどのように使うか」について市民を交えて検討するなどプロセスを踏み、最終的には我々や福士ゼミと一緒に、おたカフェの設計やデザイン等を考え、備品や食器などを準備し、2009年10月にオープンしました

―それが、JR東日本のポスターに出演することになって(笑)。

高浜 そうなんです(笑)。「中央線が好きだ」のポスターで「お鷹の道」が紹介されることになり(2010年10月〜12月に中央線のホームに掲示)、国分寺の農家の方や、東経大の福士先生、福士先生のゼミの学生さん達と一緒に撮影していただきました。地元の人にも沿線の人にもPRになって、すごく良かったなーと思っています。

 

水をキーワードに学ぶ「水の学校」を主催

「国分寺の魅力は?」と聞かれたら今ならどう答えますか?

水の学校での高浜さん

高浜 今はもう間違いなく「緑が多くて湧き水があるのが魅力」と答えますね。
初めて「お鷹の道」に行ったときは、観光地というには中途半端だなと思っていました。その後、自分なりに色々調べて、この場所の1300年前の歴史についてや、湧き水が日本名水百選に選ばれているということなどを知り、すごいパワーがある場所だと思い直しました。

―現在、「おたカフェ」で月1回、生き物や都市開発など、各分野の専門家を講師に招いて水を色々な切り口で学ぶ「水の学校」を開催していますが、これも高浜さんのアイデアですか?

高浜 はい。 おたカフェの構想段階から考えていました。この土地の持つ力を何かの形で生かしたいと思っていたので、自分なりにこの場所の歴史を調べた時から「水の学校」をやろうと決めていました。

―今年で2年目の「水の学校」は、今までいろんな講師の方がいらっしゃったと思いますが、特に印象に残る講師をあげるとしたらどなたですか? 

高浜 正直なところ、みなさんのお話しはとても面白かったです。
そうだなぁ、作家の椎名誠さんは、部屋着にサンダルみたいな格好で「おたカフェ」に入って来たと思うと僕が前置きを話す前にしゃべり始め、話はどんどん色々な方向へ飛んでいくのに、きちんと事前にお願いしていた内容を盛り込み、最後には全て繋がるように起承転結のある話しになっていたのはさすがだなと思いました。
さらに驚いたのは、全く時計を見ていないのに講義時間の90分ぴったりで話が終わって、あー疲れたと微笑んで帰ってしまったこと。司会者の僕はあっけにとられてしまいました。

 

街と人を繋いで良い循環をつくりたい

―会社員を続けながら休日に地域の活動を続けるのは大変なことも多いと思いますが、そんな中で「やっていて良かった」と思うのはどんなことですか?

 高浜 地域でのつながりが広がったことですね。今、週末に国分寺の街を歩くと、かなりの数の知人に会いますよ(笑)。自分の街を育てるっていうのはすごくいいことだし、嫁さんや子どもも生活しやすくなるので、色々大変なこともありますが、結局は自分の生活に跳ね返ってきていると思っています。
「水の学校」では色々な先生と知り合い、ときには会社の仕事で相談にのってもらうこともあり会社の仕事にも還元されています。こうして積極的に公私混同しちゃうことで良い循環が生まれているなと。これからは公私を区切らない時代になっていく気がします。

―お子さんにとって国分寺はいかがですか?

 高浜 そうですね。僕は北区で育ったので子どもの頃の景色がコンクリートでグレーのイメージしかなかったので、緑や湧水があって自然豊かな国分寺は、子どもにとっても子育てをする親にとっても良い街だと思います。

―今後の活動、やりたいことについて教えてください。

 高浜 2010年の6月、地元農家さんと住民の顔が繋がったらいいな、という趣旨で、「隣人まつり」という、参加した地域の人が畑で収穫した野菜を料理して食べるイベントを企画をしました。2011年は、隣人まつりをきっかけに地域の方々の横のつながりができたので、「ぶんぶんウォーク」という国分寺のお宝をみんなで歩いて探そうというイベントにつながりました。
今回のイベントのおかげでさらに横のつながりをつくることができ、それぞれに良い循環が生まれていると思います。
今後はこの循環をなくさず、地域の中で人、物、金などが回っていく仕組みを作れるといいなと思っています。
あと、農家さんといえば、今、おつきあいしている農家の方がご高齢の方が多いので早く何かできないか、何かしないと、と思っています。

―高浜さんのプライベートでの今後の夢は?

高浜 自分の夢ですか? 自分の住む国分寺がさらに暮らしやすい街になって、子ども達がすくすく育ってくれればいいかなと思います。夢は、出来れば早く仕事を辞めて(笑)、嫁さんとゆっくりした街の社交場的な喫茶店が出来たらいいなと思っています。
趣味だけで好き勝手が出来るお店をやりたいですね(笑)。

 

高浜さんのぶんハピ 国分寺歴 6年

「子どもたちと一緒に畑に行くこと」

畑は楽しいですね。僕は食べることが好きなんで。家族と一緒に農家さんの畑ヘ行って、土や緑の香り楽しんでブルーベリーやイチゴなど採ったものを食べる、みたいなひとときがハッピーです。

 

インタビューを終えて

趣味だけでお店をやるという夢、実現するといいですね。高浜さんが地域で活動しながら作ってきた繋がりが良い循環となり、次へと繋がっていく。国分寺の色々なところで小さな繋がりが生まれ、循環が出来る。国分寺がどんどん素敵な街になっていく予感がします。微力ながら「ぶんハピねっと」でそのお手伝いができればと思っています。
今後も高浜さんの活動に注目していきたいです。お仕事帰りにインタビューのお時間をいただき、ありがとうございました。

   撮影協力:イノウエコーヒーエンジニアリング   取材:CHEERS

 


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